269話「いいきっかけ」

ラ・カシーナを出る頃、店は賑わい始めていた。

私はメイたちタレントに軽く挨拶をする。

「またネー!」

メイたちは笑顔で手を振り、私たちはその笑顔に見送られながらラ・カシーナを後にした。

リトをマンションへ送る車中、弘は楽しそうに言う。

「メイたちと会うとは思わなかったっすよ」

リトは少し笑いながら答える。

「シゲさんはタレントたちだけで行ったときは安くしてくれるから、仕事が休みの日はよくラ・カシーナに行くんだヨ」

「タレントたちだけ?」

弘が聞き返す。

「ウン。お客さんと行ったときは安くならないヨ」

そう言ってリトは続ける。

「だからタレントたちはアフターとか同伴でラ・カシーナに行ったりするんだヨ」

私は頷きながら言う。

「シゲさんが優しいから、タレントたちはラ・カシーナの売上に協力してるんだな」

「なるほどっすね」

弘は納得したように頷いた。

そんな話をしているうちに、リトのマンションへ着いた。

リトは私に向き直る。

「ナオト、それじゃジョアンに電話して家のこと言っておくネ」

「うん、頼んどくな」

リトは嬉しそうに頷くと車を降り、私たちの車が見えなくなるまで手を振っていた。

車を走らせながら弘が言う。

「リトとの話、だいぶ進んだみたいっすね。兄貴とリトが話し込んでたから、メイが『何の話してるの?』って聞いてたっすよ」

「ああ。仕事の話だけじゃなく、早苗と美緒の話もしてたからな」

弘は少し考え込む。

「あっ、リトにはまだ早苗姐さんのこと話してなかったんすか?」

そう言うと、少し申し訳なさそうな表情になった。

「俺、なんか余計なこと言っちゃったみたいっすね」

「いや、気にするな。リトにはいずれ話そうと思ってたんだ。お前が早苗の名前を出してくれたから、いいきっかけになったよ」

私は少し笑って言った。

「それなら……いいんすけど」

弘は少しだけ声のトーンを落とす。

私は弘の肩を軽く叩いた。

「気にするなって。リトに話ができたのは、お前のおかげなんだから」

「はい」

弘は照れくさそうに笑い、いつもの弘の表情に戻った。

街のネオンがフロントガラスを流れていく。

私は助手席の窓から夜の街を眺めた。

リトの言葉が、ふと頭の中によみがえる。

『バハラナ』

――もう仕方ない。

――なるようになる。

胸の奥にあった重さは、さっきより少しだけ軽くなっている。

私は静かに窓の外を見つめた。

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