260話「明日への段取り」

早苗が二階へ戻ってくると、私たちはコーヒーを飲みながら他愛ない話を続けた。

店のこと、ホームページのこと、そして常連客の話。

笑い声が部屋に響き、穏やかな時間が流れていく。

やがて時計を見ると、早苗も弘も仕事へ出る時間になっていた。

私たちは一緒に一階へ降り、私と弘は店の外へ出る。

夕暮れの空は少しずつ茜色から群青色へと変わり始めていた。

弘は車へ向かいながら振り返る。

「兄貴、それじゃ明日の昼前に迎えに行くっす」

「うん。頼むな」

私が頷くと、弘は軽く頭を下げて車へ乗り込んだ。

車は静かに走り出し、やがて街の景色へ溶け込んでいく。

その姿を見送ってから、私も自分の車へ乗り込んだ。

街はゆっくりと夜の顔へ変わり始めていた。

途中、コンビニの駐車場へ車を停め、携帯を取り出して美緒にメールを送る。

『今どこにいる?』

送信すると、すぐに返信が届いた。

『今、花水木から家に戻ってきたところだよ(^ ^)』

私は小さく笑みを浮かべる。

『分かった。今から帰る』

返信を送り、携帯をポケットへしまうと再び車を走らせた。

マンションへ帰ると、美緒が笑顔で迎えてくれる。

「おかえり」

「ただいま」

私はリビングへ向かい、ソファーへ腰を下ろした。

美緒はキッチンへ向かい、コーヒーを淹れ始める。

静かな部屋に、コーヒーの香りがゆっくりと広がっていく。

私はソファーにもたれ、今日一日の出来事をぼんやりと思い返していた。

高橋社長との仕入れの話。

黒木ママと過ごした昼のひととき。

そして、早苗が話してくれた口コミサイトの構想。

どれも少しずつ形になり、未来へ繋がり始めているような気がした。

「はい、コーヒー」

美緒の声で我に返る。

「ありがとう」

カップを受け取り、一口飲む。

温かいコーヒーが身体に染み渡った。

美緒は私の隣へ腰を下ろし、不思議そうに私を見る。

「何考えてたの?」

「今日のことをな」

私は、高橋社長と話した仕入れのこと、黒木ママに指輪を届けてランチをしたこと、そして明日、茉莉花で新しいスタッフと会う予定になっていることを話した。

美緒は静かに頷きながら耳を傾けている。

話が一段落すると、私は尋ねた。

「美緒の方は今日どうだった?」

「私はね」

そう言ってテーブルの上に置かれたスケジュール帳を手に取り、ページをめくる。

「あっ、そうそう。今日メイから連絡があったの」

「メイから? 販売のことか?」

「ううん」

美緒は首を横に振った。

「他のタレントがローンで買ったアクセサリーのお金を預かってるから、取りに来てほしいって」

そう言うと、手帳へ目を落としたまま続ける。

「明日は藤本さんの集金日だから、先に藤本さんのお店へ行った方がいいね」

私も手帳へ目を向ける。

明日の日付の欄には、花水木のこと、集金のこと、アクセサリー販売の予定などがびっしりと書き込まれていた。

「この予定にメイのところまで入ったら大変じゃないか?」

私がそう言うと、美緒は少し考えるように頷いた。

「うん。タレントのみんなは昼間寝てると思うから、夕方前に行ってあげたいんだよね」

私はコーヒーカップをテーブルへ置いた。

「藤本のところの集金は俺が行くよ」

「えっ、大丈夫だよ」

「いや、元々は美緒が前に住んでたマンションから近かったから頼んでたんだ。ここからだと遠いしな」

私は少し笑って続ける。

「他の集金は全部弘が回ってるんだから、藤本関係も弘に任せるようにする」

そう言ってから尋ねた。

「弘が集金へ行っても、花水木は大丈夫か?」

「美咲ちゃんと大介さんもいるから大丈夫。でも……弘さんに悪いよ」

私は首を横に振った。

「いや、美緒には花水木やアクセサリー販売があるだろ。そっちに力を入れてほしい」

美緒は優しく微笑んだ。

「分かった。ありがとう」

「明日は弘と茉莉花へ行く。そのあと弘と集金に回ってくるよ」

私は笑いながら肩をすくめる。

「時間が空いてる暇人は俺と弘だけだからな。弘に聞かれたら怒りそうだけど」

美緒は吹き出した。

「ふふっ、それ絶対言っちゃ駄目だよ」

二人で顔を見合わせて笑う。

窓の外では、夜の街に明かりが灯り始めていた。

明日もまた、それぞれの役割を胸に、新しい一日が始まろうとしていた。

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