マスターは店を出るときも、軽く頭を下げるだけだった。
仕事の内容が何なのか見当もつかない。だが、まともな仕事ではないだろうと思った。
どこへ連れて行かれるのだろうか。
恵美さんは黙ったままだったので、私も何も聞かず、あとについて行った。
恵美さんは立ち止まり振り返ると、車の鍵を差し出し「運転して」と言った。
向かった先は、人気のない駐車場だった。
車に乗りエンジンをかけると、静かな洋楽が流れ始めた。
「どこに行けばいいですか?」
と聞くと、◯◯町の方へ向かうように言われた。
恵美さんの指示通りに車を走らせた。
移動中、指示を出すとき以外、恵美さんはほとんど口を開かなかった。
どこへ行くのか。
どんな展開になるのか。
想像もつかなかった。
突然、ある建物の手前で「ここで停めて」と言われた。
車を停め、ライトを消す。
恵美さんは建物を指差し、
「あなたの探している人は、あそこにいるわよ」と言った。
「えっ。」
想像もしなかった展開に、言葉が出なかった。
恵美さんは音楽を止め、私に向き直り、じっと目を見た。
真剣な眼差しで言った。
「あなたと私はね、まるっきり他人ってわけじゃないのよ。だから、あなたとは駆け引きしない。」
私は黙って頷いた。
恵美さんは前を向いたまま続けた。
「仕事っていうのは、女の子を扱う仕事なの。全く危険がないわけじゃないわ。
だから誰にでも任せられるわけじゃないの。私はあなたのこと、少しは知っているつもりよ。」
恵美さんは口元に笑みを浮かべた。
「あなたもお金が必要でしょ。普通に働いても入ってくるお金は、たかが知れているじゃない。多少のリスクは背負わないとね。」
言葉を探したが見つからず、「はい」とだけ返事した。
恵美さんと別れ、早苗を迎えに行った。
恵美さんの言葉が頭の中でぐるぐる回っている。
今の私は、早苗におんぶに抱っこで、収入もない。
留置場にいたとき、職員が言っていた言葉を思い出した。
――要するにお金。
恵美さんの言うことにも一理ある。
普通に働いても、たかが知れている。
多少のリスクを背負わなければ、大金は掴めない。
私は、恵美さんの頼んできた仕事をやってみようと思い始めていた。

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