30話「不正授受」

その日の午後、午睡が終わり布団を片付けていると、お爺さんは自分の布団も片付けず、棚の前でゴソゴソしていた。

午睡止めの合図が聞こえたら、素早く布団を片付けないと怒鳴られ、叱責される。

私は担当さんの見回りが来たらまずいと思い、お爺さんに声をかけた。

「大丈夫ですか?」

するとお爺さんは、モジモジと言いにくそうにしてから、

「悪いけど……トイレに行きたいが、紙がない。少し分けてくれないか」

と言った。

「あっ、全然いいですよ。使ってください」

そう言って、私は自分のトイレットペーパーをそのまま手渡した。

その瞬間だった。

「おい!何やってるんだ!!」

運悪く、担当さんに見られてしまった。

有無を言わせず廊下に出るよう命じられ、別の担当さんに引き継がれると、そのまま三階へ連れていかれた。

ある部屋に入るよう命じられる。

取調室だった。

しばらくすると、初日に怒鳴られまくった、あの人相も風体も暴力団のような担当さんが現れた。

椅子に座るよう命じられる。

これから起きる流れを考えて、最悪だと思った。

「おい。お前はトイレットペーパーを同じ房の人間にやったのは間違いないのか?」

「あっ、はい」

「どのくらい渡したんだ?」

「トイレットペーパーを、そのまま渡しました」

「馬鹿が!何を渡したか聞いてない!量を聞いてるんだ!この低脳が!」

低脳……初めて言われた言葉だった。

「どのくらい……」

口ごもっていると、

「さっさと聞かれたことに答えろ!この馬鹿が!」

テーブルを叩いた。

「えーと……三分の二くらいです」

「最初からそう答えろ!低脳が!」

また、低脳。

「なんでトイレットペーパーを渡したんだ?」

「えーと……」

「コラッ!なんの理由もなく渡したのか!この馬鹿が!」

再びテーブルを叩く。

「お腹の調子が悪そうだったので……」

そう答えていると、

「お前が他人の心配をする立場か!このたわけが!」

たわけ……これも初めて言われた。

「他人が腹を下そうが、お前に関係あるのか!

お前は他人の心配より、自分の心配をしろ!この低脳が!」

そんなやり取りと叱責が、しばらく続いた。

担当さんは何をメモしているのか、黙ってノートに書き込み始めた。

このやり取りをすべて書いているのかと思っていると、

突然、顔を上げ、私をギロリと睨んだ。

「お前の罪名は不正授受だ。この件は会議にかける。結果は後日伝える。以上だ」

そう言い残し、部屋から出ていった。

不正授受……。

こんなことで取調べられ、怒鳴られまくる。

その後、元の房に戻され、ようやくホッとした。

お爺さんは気の毒なくらい謝ってきた。

「困ったときはお互い様ですから、気にしないでください」

そう伝えた。

井原君は、

「タイミング悪かったですね。ここは他の拘置所より厳しいですよ」

と言っていた。

井原君にしては、日常茶飯事のような口ぶりだった。

私は改めて、

拘置所という場所がどんな所なのか思い知らされた。

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