振り返ってみると、自分の人生のターニングポイントには、良くも悪くも、必ず女性が関わっている。
それは誰か1人のせい、という話ではない。
問題は、自分の側にあった。
女性との関係を通して自分が何を欲しがり、何から目を背け、どこで責任を置き去りにしてきたかが、はっきりと表に出ていた。
当時の自分は、それを「縁」や「流れ」や「出会い」と呼んでいた。
自分で選んだ結果だという感覚は、あまりなかったと思う。
けれど今振り返ると、その一つひとつは、自分の欲や都合が形を変えて表に出ただけだったようにも思える。
誰かと出会ったから人生が変わったのではなく、変わりかけていた自分の状態に、たまたま誰かが関わったという方が近い。
それでもその関わりの中で誰かを傷つけ、自分は自由で正直に生きているつもりで、実際には多くのものを軽く扱っていた。
「自由だった」と言う言葉は、そうした選択の重さから自分を遠ざけるために使っていた言い換えだったかもしれない。
まだはっきりとは言えない。
ただ少なくとも、自分の人生を動かしてきたものを他人や状況のせいにしたままでは、何も整理できないと思っている。
次はその「自由」という言葉を最初に覚えた頃のことから書いてみようと思う。

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